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東京高等裁判所 昭和62年(う)828号 判決 1988年3月31日

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役一年二月に処する。

原審及び当審における訴訟費用は、全部被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人棚村重信が提出した控訴趣意書に、これに対する答弁は、検察官佐藤克が提出した答弁書に、それぞれ記載されたとおりであるから、これらを引用する。

一控訴趣意第一点の要旨は、以下のとおりである。

すなわち、原判決は、「被告人は甲と共謀のうえ、昭和五四年五月二六日ころ、同人所有の静岡県沼津市三園町<以下省略>所在の宅地191.78平方メートルを代金一七四〇万三〇〇〇円でAに売却し、同五五年二月二七日ころまでにその代金全額を受領したのに、所有権移転登記が未了であるのを奇貨として、同五七年一一月一二日ころ、同市御幸町<以下省略>D協同組合事務所において、同組合に対し、右宅地を、右甲所有の他の土地及び建物と合わせ、代金合計一億八〇八七万円で売却し、即日、同組合に対し所有権移転の登記を完了して、横領したものである。」旨の公訴事実どおりの事実を認定し、横領罪の成立を認めたが、原判決には、次のような事実の誤認や法令解釈の誤りがある。

1  甲とAとの間で、右宅地(以下「本件土地」という。)についての売買契約書が作成されており、Aに本件土地を買い受ける意思があつたとしても、甲にはこれを売り渡す意思がなく、甲や被告人としては、右契約書はあくまで形式だけのものであつて、実質的には同契約書に売買代金として記載された一七四〇万三〇〇〇円を、Aから借り受けたものと認識し理解していた。すなわち、甲及び被告人両名ともに、売買によつて本件土地の所有権がAに移転したものとは認識しておらず、その所有権は依然として甲にあるものと認識していたから、本件につき右両名の横領の犯意や共謀を認めた原判決には、事実の誤認がある。

2  本件土地について、甲とAとの間に、売買契約が成立したとみられる余地があるとしても、これに関する右両名の意思は、前記のとおり大きく食い違つていたうえに、坪当たり五〇万円はする本件土地を、坪当たり三〇万円と低く評価した前記の代金額で、甲が売るはずもなかつたから、右売買契約は、法律行為の要素に錯誤があるものとして無効である。従つて、本件土地の所有権はAに移転せず、その所有権は依然として甲にあつたから、本件につき横領罪の成立を認めた原判決には、事実誤認や法令解釈の誤りがある。

3  本件土地をD協同組合に売却したのは、甲の代理人であるEであつて、被告人ではないから、被告人に対して横領罪の成立を認めた原判決には、事実の誤認がある。

4  本件土地については、右組合に売却される前に、甲によつて、Bとの間に根抵当権の設定及びその登記が、次いで右Eによつて、C商事株式会社との間に、譲渡担保による売買名下の所有権の移転及びその登記が、それぞれなされている。従つて、右売却はこれらの処分行為の事後行為であるに過ぎず、横領行為には当たらないから、それが横領行為に当たるとした原判決には、法令解釈及び事実認定の誤りがある。

二そこで、記録及び証拠物を精査し、当審における事実取調べの結果も参酌して、各論旨の当否を検討する。

1 売買契約の存否及びその効力について

原審が取り調べた関係証拠によると、Aは昭和五四年五月ころ、妻の遠縁に当たる甲から、その実子である被告人の負債を返済するための資金を貸してほしいと頼まれたが、弁護士という立場上、金銭の貸借は好ましくないと考えて、右の頼みを断わり、その代わりに、甲が所有する土地の一部を売つてくれるのであれば、売買代金として金を渡してもよい旨を伝えたこと、その後、甲からその所有する沼津市三園町<以下省略>の土地の一部を売りたいとの申出があつたので、Aは甲と話し合つた結果、右土地から本件土地を分筆したうえ、これを坪当たり三〇万円で入手することとし、同月二六日ころ自宅において、被告人も立ち会いのうえ、甲との間に、本件土地を代金一七四〇万三〇〇〇円で買い受ける旨の売買契約を締結し、その場で手付金三〇〇万円を支払つたこと、なお残代金は、翌五五年二月二七日までに六回分けて、全額が支払われたことなどの事実を認定するに十分である。被告人及び甲の両名は、捜査段階や原審公判廷等において、右一七四〇万三〇〇〇円は、Aから借り受けたもので、土地の売買代金ではない旨供述しているが、関係証拠に照らして到底採用することができず、右の売買によつて本件土地の所有権がAに有効に移転し、かつ、右両名もこの所有権移転の事実を十分承知していたことに、証拠上疑いの余地はない。

2 横領行為の成否について

原審及び当審が取り調べた各関係証拠によると、本件土地については、右のようにAに所有権が移転しているのに、その移転登記が未了であるのを奇貨として、被告人及び甲が意思相い通じ、甲において、本件土地に自己所有の土地、建物をも合わせた不動産につき、(一) 昭和五六年七月二七日、Bとの間に、債務者を被告人とし、極度額を五〇〇〇万円とする根抵当権設定契約を締結して、同月二九日にその登記を経由し、(二) 次いで翌五七年九月一七日、C商事株式会社から一億円を借り受けるに当たり、譲渡担保契約を締結して、同日、売買名下に所有権移転登記を経由し、(三) 更に同年一一月一二日、D協同組合に、代金一億八〇八七万円で売り渡す旨の売買契約を締結して、同日、その所有権移転登記を経由したこと、なお右(二)の金員により、即日、(一)の債務が弁済されて、その根抵当権設定登記は抹消されており、また(三)の金員により、即日、(二)の債務が弁済されて、その所有権移転登記も抹消されていることが認められる。

右認定によると、(一)の行為が横領行為に当たることは明らかであるが、これによつてもたらされたAの土地所有権に対する侵害状態はそのまま(二)、(三)の行為当時まで継続しており、(二)、(三)の行為によつて、その所有権が新たに侵害されたものではないから、これらの行為はいわゆる事後処分として、横領行為に当たらないものといわねばならない。そうすると、右(三)の行為が横領行為に当たるとした原判決は、法令の解釈を誤つた結果、事実をも誤認したもので、このかしは判決に影響を及ぼすことが明らかである。

3  結語

以上によると、論旨1、2は理由がないが、論旨4は理由があるから、論旨3につき判断するまでもなく、原判決は破棄を免れない。

三よつて、控訴趣意第二点の量刑不当の論旨に対する判断を省略し、刑訴法三九七条一項、三八〇条、三八二条により原判決を破棄するが、当審において予備的に訴因の追加がなされたので、同法四〇〇条但書に従い、当裁判所において被告事件につき更に判決する。

(罪となるべき事実)

被告人は甲と共謀のうえ、昭和五四年五月二六日ころ、同人が所有する静岡県沼津市三園町<以下省略>所在の宅地191.78平方メートルを、代金一七四〇万三〇〇〇円でAに売却し、同五五年二月二七日ころまでにその代金全額を受領したのに、同人に対する所有権移転登記が未了であるのを奇貨として、同五六年七月二七日ころ、同市御幸町<以下省略>の司法書士F方事務所において、Bに対し、右宅地につき、甲所有の他の土地及び建物とともに、極度額五〇〇〇万円の根抵当権を設定し、同月二九日、その設定登記を完了して、右宅地を横領したものである。

(証拠の標目)<省略>

(法令の適用)

被告人の判示所為は刑法六〇条、六五条一項、二五二条一項に該当するところ、本件犯行の経過、態様、被告人の当時の生活態度、特に、被告人が本件犯行を含む一連の行為によつて被害者に多大の損害を与えているのに、その被害を全く弁償していないことなどに徴すると、被告人の刑事責任は重いといわねばならないが、被告人に前科前歴がないことなども考慮して、その所定刑期の範囲内で被告人を懲役一年二月に処し、原審及び当審における訴訟費用は、刑訴法一八一条一項本文により、その全部を被告人に負担させることとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官坂本武志 裁判官田村承三 裁判官本郷元は転補のため署名押印することができない。裁判長裁判官坂本武志)

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